考古学の扉 | 早稲田大学 校友会
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考古学の扉

尽きることのない考古学の面白さとは?

考古学をフィールドとする研究者・学芸員・校友たち

文学学術院 文学部 教授 長﨑潤一

巻頭インタビュー
文学学術院 文学部 教授 長﨑潤一さん

 考古学は、出土した遺跡や遺物を通して人類の過去に迫る学問。その範囲は幅広く、新しい技術が日々導入されているが、常に泥だらけなのは昔から変わらない。「考古学は地味でキツくて面白い」と言う長﨑潤一先生に話を聞いた。

取材・文=若木康輔 撮影=島村緑

人類の過去は全て研究対象

「昨日まで長野で発掘していたんですけど何も出てこなくて。おかしいなあと首を(かし) げながら帰ってきました」と苦笑いする長﨑潤一先生。学術的に価値のある遺物が見つかるかどうかは、掘ってみなければ分からない。それでも、「地面の下から自分の手で未知のものを掘り出し、過去に直接触れられる面白さ」を一度でも知れば、のめり込む。考古学者の多くはそのようにキャリアをスタートさせているという。
「多くの知識をインターネットで得られる時代ですが、土に埋まっているものまでは教えてくれない。そこは人間が体を使って掘り、調べる領域です」
 人類の誕生から近・現代までの膨大な範囲が考古学の対象となる。文献資料がある時代も含め、人間が関わる過去の全てを扱う。
「最近は、太平洋戦争時に軍用機を隠していた施設 『掩体壕(えんたいごう) 』が各地で見つかったことで、『戦跡考古学』という分野が生まれています。また、『城郭考古学』が注目されたことで、戦国時代の発掘調査が盛んに。どの時代であろうと、ものを研究する学問であることは一貫しています。文献がない時代はものしか残っていないので当然ですが、文献がある時代も、庶民の暮らしは分からないことばかり。文献が記録するのは為政者に関することがほとんどですから、その時代の大多数を占めた市井の人々がどう生きていたのかは、ものに語ってもらうしかないんです」

横の広がりと縦の時間軸で過去に迫る

 毎年、日本国内だけで7000~8000件の発掘調査が行われている。発掘調査は「学術調査」と「行政調査」に分けられる。

北海道蘭越町の調査画像

2022年から現在も調査中の北海道蘭越町(らんこしちょう) の調査風景。散らばっている小さなビニール袋には、石器が入っている(石器は小さいので、すぐにビニール袋に入れる必要がある)

「学術調査」は大学や博物館が行う研究目的の発掘。自分で探して新規の現場を掘る場合や、過去に重要な調査が行われた現場の隣接地を新しい手法や視点で再度掘ってみる場合がある。科研費などで行うため小規模である一方、学問的な関心に集中できる利点がある。「行政調査」は、道路建設などの開発行為で見つかった遺跡を保護もしくは記録するために行う。長﨑先生によると、発掘調査の95%以上はこの行政調査だという。
「発掘面積も予算も学術調査とは桁違いです。相当に貴重であれば工事は中止して保存されますが、多くの現場ではそのまま保存することは難しいため、詳細な調査記録を残します」
 発掘調査が始まると、まずは「スコップでひたすら土を掘る肉体労働」に取りかかる。遺物や異なる地層が現れるたびに、位置や形を正確に測って図面に記録する。だが、取り上げられた遺物はその時点ではまだ研究対象ではない。人工遺物(土器や石器など)か自然遺物(動物の骨や貝殻など)かの分類から研究が始まる。

考古学は分類に始まり、分類に終わる

練馬区東早淵遺跡

練馬区東早淵遺跡で旧石器時代の石器が出土している状況を市民へ説明している大学4年生のころの長﨑先生(写真中央)

「考古学は分類に始まって分類に終わると言ってもよいくらいです。特に人工遺物は同じものが一つもないので、分類が非常に重要。私たちは常に、横の地域的広がりと縦の時間軸を頭にたたき込んでいます。例えば、縄文時代の地層から土器が出た場合に、『文様があるぞ』だけでは意味がありません。文様の地域や年代などを体系的に位置付けていきます。適切な分類ができれば、なぜこの文様になったのか、当時の価値観が文様にどれだけ反映されているのか、などの解釈や議論が可能になります」
 長﨑先生が学生時代から専門にしているテーマは、「後期旧石器時代初頭の刃部磨製石斧(じんぶませいせきふ) 」。旧石器時代は打製石器で、石を研ぐのは新石器時代というのが世界的な定説だが、日本とオーストラリアには、後期旧石器初頭に磨いた(おの) がある。
「私が調べている時代の石斧は縄文時代に比べると小さいのですが、それが寒冷期の地層では見つからなくなり、温暖化すると大きな石斧が出てきて縄文時代になります。なぜ一度途切れたかなどは説明できないことが多い。現在は石器の使用痕を研究している学者と組んで、石斧の表面に残った痕から用途を推定しています。考古学は自分と専門が異なる人とのつながりも大切ですね。『ちょっと調べてもらえる?』と頼める人がどれだけいるか。発掘作業自体がチームで協力しないと成立しませんから、個人主義が通用しにくい学問であるのも特徴です」

考古学は事実に迫る過去の「鑑識」

「考古学は地道な作業の繰り返し」だと長﨑先生は言う。汗をかいて遺物を掘り出し、それらを詳細に調べ、自説の論拠をこつこつ固めていく辛抱強さが必要になる。だからこそ存在意義は大きい。
「私たちはよく、考古学を犯罪捜査における鑑識に例えます。文献資料は自供。うそをついていないとしても、勘違いや主観が入る可能性がある。私たちは鑑識と同じように、科学の力を活用して、物証から過去の事実に迫ります。ものから明らかにされた事実は揺るぎません」
 また、そのように過去を知ることは、現在の社会問題にもつながっていく。
「私が専門としている旧石器時代(約260万年〜約1万年前)は、人類の歩みの中でも特に長く続いた時代です。旧石器時代から眺めれば、国家や宗教、人種の概念が生まれたのはつい最近。それほど長い訳ですから、現代に生きる私たちにも、当時の名残があります。街で便利に暮らしていても無性に旅に出たくなったり、キャンプでゆらめく焚火を見てホッと一息ついたりするのは、人間の本性かもしれません。定住して農耕生活を送る以前の、移動して暮らす旧石器時代の人々の遺伝子が今でも息づいているように思います。現代の方が清潔で快適だし、旧石器時代に戻りたいとは思いませんが、それでも人間の歩んできた過去はわれわれの中に残っているし、未来人にもその痕跡は残るのではないか。長い歴史を知ることは、人間とは何かを考えるきっかけになります。人類はアフリカから出てきて各大陸へ分かれただけで、その後にさまざまな肌や眼の色ができて、国家や宗教ができて対立が生まれるけれども、もともとは『人類は一つ』。だからこそ混血しても子どもができるわけで、種として古くから分かれているのであれば、生殖能力のない子どもができるはず。種としては近いので、混血しても子孫を残せる。現代の人種や国籍を原因とする問題を考える上で、考古学的視点は大いに参考になります」
 文化庁のデータによると日本で発見された遺跡の総数は実に46万カ所以上で、日々さらに増えている。長﨑先生の研究対象と重なる発掘現場も同様だという。
「文献史学との最も大きな違いは、資料がひっきりなしに増えていくことかもしれませんね。青森で新しい資料が出てきたから見に行きたい、でもその前に宮崎に行かないと……という具合です。海外の研究者から『旧石器時代の資料が出るから来ない?』とお誘いがかかることも。私、実は趣味がないんです。仕事も趣味も考古学です」

使える時間は全て考古学に費やしています

長﨑潤一さん

ながさき・じゅんいち

1961年岡山県生まれ。84年教育学部を卒業、86年大学院文学研究科修士課程史学(考古学)専攻修了。91年大学院博士後期課程研究指導終了後退学。札幌国際大学教授を経て、2010年4月より現職。専門は旧石器考古学。後期旧石器時代初頭の日本列島(古本州島)で広く用いられている刃部磨製石斧を研究している。

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