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早稲田大学応援部
応援するということ
「観戦ではない 参戦だ」。2019年の新歓ポスターにあったこの言葉からは、選手と共に戦っているという早稲田大学応援部の思いが伝わってくる。リーダーで代表委員主務の三宅風雅さんは次のように話す。
「応援部にできることは、試合の流れをつくることです。野球でいえば、ピンチを迎えた守備のとき、自分たちがしっかりと声を出して相手の攻撃を抑えることができれば、次の攻撃でチャンスが生まれやすくなると考えています。勝敗の要因の99パーセントは選手に委ねられているとしても、残りの1パーセント、選手の背中を押すということは自分たちにしかできないはずです。だから応援は、全力を出し切らなければいけないのです」
応援が試合の結果を左右するという考えは、周囲の目には自己満足に映るのかもしれないと前置きしつつも、「理屈では説明できない部分に、応援の神髄がある」というのが三宅さんの論理だ。
「応援が試合結果に本当に結びついているかは、誰にも分かりません。でも、信じるしかないんです。私も下級生のころは、『声や拍手一つ一つが勝敗を決める』と言われても、実感できないのが正直なところでした。しかし、学年が上がり経験を積んでいくと、最後まで諦めずに信じて応援することの大切さが分かるようになります。自分にとっては、早稲田が9回で逆転勝ちをした2020年秋の早慶戦はその一つです」
声や拍手、テク(応援の振り付け)で客席を鼓舞するリーダーたちには、学年ごとの役割がある。下級生は客席に散り、観客の目の前に立つことで応援を促す。3年生は観客をブロックごとにまとめ上げ、4年生は指揮台に立って全体を盛り上げる。経験を積むにつれ見える世界が広がり、球場全体の空気をつくれるようになっていく。
「一人一人から生まれる小さな熱気でも、それが全体になると、球場の空気を支配するか・されるかという大きな差につながります。下級生が懸命につくり、3年が広げた思いを、最後に集めて選手に届けるのが4年の役目です。客席方向で腕をぐるりと回し、選手方向にその腕を突き出す『コンバットマーチ』のテクは、この〝届ける〟表現なのではないかと個人的に考えています」
厳しい表情のリーダーとは対照的に、常に周囲に笑顔を振りまくチアリーダーズ。根底にある思いの強さは変わらないと、チアリーダーズ主務の松本紅絹さんは言う。
「今年のチアリーダーズには、『人の思いに応えているか』という指導軸があります。選手たちや何日も前から準備をする他の部員たちの思いに対し、自分の言動でしっかりと応えているかという意味です。その気持ちがチアリーダーズ一人一人に根付けば、笑顔は自然に生まれると思っています」
笑顔は「つくる」ものではなく「生まれる」もの。チアリーダーズの精神もまた、上級生になるにつれて理解が深まっていくようだ。
「新人のころは自分のことで頭がいっぱいになり、人の思いにまで気が回りませんでした。試合の流れに左右されますし、体力もありません。私自身も、つらい状況でも笑顔を絶やさない先輩方の姿を見て、『これではいけない』と感じたことがあります。4年生になった今は、試合中に後輩たちの顔から元気をもらいますし、自分の笑顔で後輩が変わることもあります。そうやって生まれた雰囲気が、試合の結果につながっていくと信じています」
吹奏楽団主務の太田菜々海さんは、「演奏という役割を全うすることで、応援部の思いを選手に届けられる」と考えている。
「楽器は、何も考えずに吹いても音が出ます。しかし、そこに思いを乗せなければいけないと考えています。試合が劣勢のときは音が小さくなりやすく、それによって観客の皆さまの反応も鈍くなります。感情は大切ですが、流されてはいけません。冷静に、演奏に集中する意識も重要です。自分たちのためでなく、選手のためにやっているからです」
体育各部の一員として活動する吹奏楽団だが、太田さんはそこに誇りを感じている。
「普段からリーダーやチアリーダーズと活動を共にしているからこそ、阿吽の呼吸が生まれ、よりよい応援ができる。そこに、吹奏楽団が応援部の一員である意味があると考えています。録音したものを客席で流すことはできますが、臨場感や感情の一体感を生むためには、部員による生の演奏であることが必要になります」
こうした「思い」のために、部員たちは想像を超える厳しい鍛錬を重ねている。チアリーダーズの練習は、1日8時間に及ぶこともあるという。
「目前に迫るイベントなどの演目を中心に、跳躍や回転などの基礎練習を加えていきます。人を上に飛ばす『スタンツ』では強い腕力も必要なので、倒立歩行などのトレーニングも行います。体づくりは試合後半で疲れを出さないため、全ては勝利のためです」
吹奏楽団の活動は、応援、コンクール参加、各種パレード・ステージドリルの3本柱で成り立っている。
「がむしゃらに応援をするのでなく、コンクールに向けて音楽性を磨き上げ、ステージドリルによって視覚でも楽しめるパフォーマンスを身に付けるための練習をしています。それらが統合されることで、応援の演奏は完成します。
練習は、座奏を週2日、ステージドリルを週1日が基本です。試合や定期演奏会前は、1日中曲目をやり込むこともあります。激しい動きの中でも安定して音を出し続けられるように、体幹トレーニングなども組み込んでいます」
リーダーの練習は独特だ。六大学野球のシーズン中は、試合予定日以外の週3日が練習に充てられる。2〜3時間、延々と拍手をし続ける練習では、手のひらから出血することもある。
「練習場という何もない環境で、自分たちだけで意識を高め、気持ちを全員で共有していくためにやっています」
リーダーが叫びながら街中を走る「陸トレ」では、途中で「種目」と呼ばれる過酷なメニューが加わる。
「『おんぶ』という種目では一人をもう一人が背中に担ぎ、練習責任者のいる所まで走って気合を伝えます。早いペアは到着してからスタート地点に戻り、最も遅いペアがゴールするまで往復を繰り返さなければいけません。早いからよいという理屈ではなく、遅い同志を見捨てないことに意義があるからです。
早慶戦前日や合宿最終日では、すべての種目を限界までやり抜く『地獄巡り』を行います。責任者に気合が伝わって終了となることを『決まる』とわれわれは呼んでいますが、精神や体力の限界を超えることで、自分を成長させることを目的としています」
通常の練習に加え、春夏2回、応援部全体による合宿も行われる。松本さんは、「普段は個別で練習をすることが多い各パートが、気持ちを一つにする意味もあります。10日間、生活を共にし、『自分が応援部員だ』ということを改めて自覚します」と話す。
また、主要な試合の前には、3パートによる総合練習が行われる。太田さんは、「延々とコンバットマーチを奏でる『エンドレスコンバット』は吹奏楽団にとって最も過酷な練習の一つで、体力の限界に達することで、試合に向かう覚悟を身に付けます」と言う。
なぜ、これほどまでに鍛錬を重ねるのか。三宅さんは信念を語る。
「どんなに大きな声を出しても、自分の声はちっぽけなもの。一人で吠えていてもしょうがないからこそ、他の部員や観客の皆さまの力が必要になります。そのときに自分の思いが伝わらなければ、よい応援は生まれません。そして、その思いは伝えようとするものではなく、内からにじみ出るものだと考えています。だから、日頃から全力を出し切ることを追求し続ける。そこにわれわれの本質があるように思います」
早稲田大学応援部 代表委員主務
三宅風雅(社会科学部4年)
早稲田大学応援部 吹奏楽団主務
太田菜々海(政治経済学部4年)
早稲田大学応援部 チアリーダーズ主務
松本紅絹(スポーツ科学部4年)
取材・文=相澤優太(2010年文学)
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