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レースで勝つための試行錯誤
走るために生まれ、レースに勝つために厳しいトレーニングを課せられるサラブレッド。その繊細な肉体とメンタルに向き合い、徹底して勝利にこだわるのが調教師である。
今号では、JRA(※1)の調教師として働く池上昌和さん(1997年理工)に、調教師の仕事や競走馬について話を伺った。
撮影=蔦野裕
東京ドーム約48個分という広大な敷地を有する、茨城県美浦村のJRA美浦トレーニング・センター。5,000人以上の人と2,000頭以上の馬が暮らす日本最大の競馬調教施設である。
「広いでしょう。うちの厩舎だけで20の馬房(※2)がありますが、同じような厩舎が約100、競馬場と同規模の調教馬場が2カ所もありますからね」
ゲートまで迎えに来た調教師の池上昌和さんは笑顔で説明してくれた。調教師とは、競走馬を鍛えてレースに送り出す、いわばアスリートの専属トレーナーのような存在。同時に厩舎スタッフのマネジメントもこなす経営者でもある。
「うちの厩舎には20頭の馬がいますが、他に牧場で預かってもらっている馬がその倍以上、うちの厩舎に所属することが決まっているデビュー前の馬も合わせると100頭近くの馬を管理しています」
JRAに所属する競走馬は全て「走る芸術品」といわれるサラブレッド。速く走るために改良が重ねられ、400〜550キログラムもある体を「ガラスの足」ともいわれる細く長い脚で支える。その肉体のケアはもちろん欠かせないが、さらに精神面でも非常に繊細だと池上さんは語る。
「馬はしゃべることができません。体の不調も教えてくれませんから、日常のしぐさで人間が察することが必要です。そもそも馬にとって走ることはストレスなんです。牧場から厩舎に来てレースが近いことを感じれは、それもストレスになります。そのケアも私たちの大切な役目です」
池上さん自身も競馬界のサラブレッドだ。父・昌弘氏は名馬トウショウボーイの主戦騎手として知られ、後に調教師に転身。今年2月の定年まで第一線で活躍を続けた。池上さんは、大学卒業後3年間の海外修業を経て昌弘氏の厩舎スタッフの一員になった。しかしその後は挫折の連続だったという。レースには最大18頭の馬が出走するが、勝つのは1頭だけ。残りの17頭は敗者だ。結果が求められる競馬の厳しさを痛いほど味わった。そんな時に出合った一頭の馬が強く印象に残っているという。
「助手時代、トウショウギアという、人間をまったく寄せ付けず王様のように振る舞う馬に出合いました。常識的に、こうした性格に問題のある馬は勝てないものですが、この馬はオープン(※3)で4勝もしてくれました。先入観を持ってはいけないという、調教師として一番大切なことを学びました」
トウショウギアは、残念ながら引退レースで骨折し安楽死処分になる。今も東京競馬場の馬霊塔には必ず足を運ぶという池上さんは、競馬の難しさ、面白さを次のように語ってくれた。
「私自身は理系出身ということもあり、スパッと答えが出るものが好きなのですが、競馬にセオリーはなく、接し方は馬によって違います。その試行錯誤が逆にこの仕事の面白さかもしれません。思い通りにならないとイライラして馬や周囲の人にあたってしまったりしがちですが、私たちの生活を支えてくれる馬たちに感謝の気持ちを持って接することを大切にしています」
※1…日本中央競馬会
※2…馬1頭が入る馬屋
※3…一番上のランクのレース
最大周回2,000メートルに及ぶセンター内の調教馬場で、走行する所属馬を双眼鏡で確認する
厩舎。1舎に20の馬房がある
JRA調教師 池上昌和
いけがみ・まさかず/1974年東京都生まれ。97年理工学部卒業。2000年より池上昌弘厩舎に厩務員として就労。02年より同厩舎にて調教助手。15年に池上昌和厩舎開業。
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